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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)2614号 判決

控訴人 清水光枝

被控訴人 馬場キミエ

右訴訟代理人弁護士 上村眞司

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟の総費用は被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取り消す、被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠の関係は左記のほかは原判決の事実摘示(但し原判決二枚目裏三行に「昭和四六年」とあるのを「昭和四五年」と訂正する)と同一であるから、これをこゝに引用する。

被控訴代理人は次のとおり述べた。

一  控訴人が昭和四五年九月分までの賃料を支払ったことは認める。しかし、控訴人の本件建物部分の使用権原は少くとも同年一〇月一日に消滅している。而して控訴人は被控訴人所有の本件建物部分を占拠したことによって少くとも昭和四五年一〇月一日から本件建物部分を明渡した昭和四六年五月二六日までの間の賃料相当の合計金三一〇、六九六円の利得を得ている。他方被控訴人は控訴人の本件建物部分の占拠によって右同額の賃料相当額の損害を被った。被控訴人の右損害は控訴人の本件建物部分の占拠によるものであり、控訴人の利得は被控訴人の右損害の結果である。しかも控訴人の右利得は現に存する。よって控訴人は被控訴人に対し少くとも右利得の限度において返還する義務がある。

二  かりに、本件建物部分について控訴人と訴外会社間に賃貸借契約が締結されたとしても、同会社は昭和四五年八月一四日以降は右建物部分を賃貸する権原を有しないものである。

控訴人は次のとおり述べた。

控訴人は、訴外会社と本件建物部分の賃貸借契約を締結したものであるが、被控訴人は控訴人が訴外会社に支払った敷金、家賃を訴外会社から受取っている。控訴人は昭和四五年九月分の家賃三九、八〇〇円を訴外会社に支払ったが、それは被控訴人への支払となる。また被控訴人は控訴人に対し控訴人が訴外会社に差入れた敷金四〇万円の返還義務がある。かりに被控訴人が訴外会社から右敷金を受取っていないとしても、それは被控訴人の不注意であるから被控訴人は控訴人に対し右敷金返還義務がある。なお控訴人は訴外会社と本件建物部分の賃貸借を締結した当時本件建物部分の所有者が被控訴人とわかっていれば、被控訴人に直接敷金を預けたはずである。控訴人と訴外会社間の賃貸借成立のさい被控訴人が表面に出なかったのは被控訴人の不注意であり、被控訴人は当然控訴人に対し右敷金返還義務がある。

≪証拠関係省略≫

理由

一、控訴人が昭和四四年五月頃訴外会社との間に本件建物部分につき賃料を月額三九、八〇〇円とする賃貸借契約を締結したこと、控訴人が同会社に対し昭和四五年九月分までの賃料を支払ったこと及び昭和四六年五月二五日右建物部分から退去したことはいずれも当事者間に争いがない。

二、被控訴人は、被控訴人は昭和四四年六月一六日訴外会社に対し本件建物部分を、期間昭和四四年七月一日から同四七年九月末日まで、賃料月額三九、八〇〇円、毎月一五日までにその翌月分を被控訴人の指定する銀行に納付して支払う旨の約定で賃貸借契約を締結し、控訴人は訴外会社から本件建物部分を転借したものであると主張するので、先ずこの点について判断する。

≪証拠省略≫には右被控訴人の主張にそう部分がある。しかし、後掲各証拠と対比すると、右書証の存在及び証言のみによっては未だ被控訴人主張の事実を肯認することができない。

かえって、前掲争いのない事実に、≪証拠省略≫を総合すると、本件建物部分は訴外会社の管理する一〇階建分譲及び賃貸部分を含む約一〇〇戸を有するマンションの一部で、被控訴人は居住の意思はなく、専らこれを他に賃貸してその賃料を老後の生活費に充てる目的で訴外会社から買受けたものであること、控訴人は新聞のチラシを見て昭和四四年五月一七日訴外会社から本件建物部分を期間同年七月一日から同四七年六月末日まで、賃料月額三万九、八〇〇円、前払各前月の二五日までに訴外会社方に振込み又は持参して支払うこと、敷金四〇万円(償却費は賃料二ヶ月)の約定で賃借し、右敷金を支払ったこと、その際本件建物の賃貸主は訴外会社とされ、所有者が被控訴人であることは一切告げられなかったこと、甲第一号証(被控訴人と訴外会社間の賃貸借契約書)はその第六条に本件建物は鉄筋分譲住宅・賃貸住宅及び融資建築その他乙(訴外会社)の住宅業務を目的として賃貸等に使用する。従って契約終了点において万一入居者の一部に残存期間がある時は双方その使用を承継する。又は甲、乙合意の上乙との同一条件にて甲はその契約を引継ぐものとする。との記載があり、且つ訴外会社は賃借管理者として表示されていること、また乙第一号証(訴外会社と控訴人間の契約書)では訴外会社は所有管理者と表示されていること等の諸事実が認められる。

右認定の事実に依拠して考えると、本件建物部分については被控訴人が訴外会社に対し賃貸したかのような外形が存するものの、その実質は被控訴人が本件建物部分を買受けた目的及び訴外会社の業務の内容からみて被控訴人が鉄筋住宅の分譲及び賃貸等を営業目的とする訴外会社に対し本件建物部分を第三者に賃貸することを委任し、右委任に基ずき訴外会社が自己の名義をもって控訴人に対し賃貸したものと認めるのが相当であり、甲第一号証は被控訴人と訴外会社間の委任の内容を明かにしたものに過ぎずこれによって両者間にその記載の賃貸借契約が成立したものと認めるのは実情に合わないものといわなければならない。

したがって、控訴人が訴外会社から本件建物部分を転借したことを前提とする被控訴人の主張は失当というのほかはない。

三、≪証拠省略≫を総合すると、訴外会社は昭和四五年七月頃事実上倒産したので、被控訴人は同年八月一四日到達の書面により訴外会社に対し被控訴人と同会社間の本件建物部分の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことが認められ他にこれに反する証拠はない。

被控訴人と訴外会社間の本件賃貸借契約は外形上のものに過ぎず、その実質は委任契約であることは前判示のとおりである。そうすると、右被控訴人のなした契約解除の意思表示はその文言にも拘らず右委任契約を解除したものと認むべきであるから、これによって、解除の効果を生じ、訴外会社は爾後控訴人に対し本件建物部分を賃貸する権原を失ったものといわなければならない。

被控訴人は右訴外会社との間の契約が解除された結果控訴人は少くとも昭和四五年一〇月一日以降本件建物部分の使用権原を失ったから爾後本件建物部分を明渡した昭和四六年五月二六日までの間被控訴人に対し右期間中の賃料相当額の損害を被らしめたか若くは右金額を不当に利得したものであると主張する。

しかし、≪証拠省略≫によると、被控訴人と訴外会社間の契約ではその第六条において右両者間の契約が終了時点において万一入居者の一部に残存期間があるときは、双方その使用を承認する。又は甲、乙合意の上乙との同一条件にて甲はその契約を引継ぐものとする旨を約しており、又前記被控訴人と訴外会社間の契約が解除されたことにより、訴外会社は爾後の賃料を被控訴人が直接取立ることを承諾し、被控訴人も同年一一月九日到達の書面により爾後被控訴人と控訴人間に本件賃貸借契約が結ばれたことになるので、同年九月分以降の賃料は直接被控訴人に支払うべき旨の通知をしていることが認められ、他にこの認定を左右し得る証拠はない。

そうすると、控訴人と訴外会社間の本件建物部分の賃貸借契約における存続期間は昭和四七年六月末日までであることは前示のとおりであるから、被控訴人と訴外会社間の契約が解除された時点において被控訴人は訴外会社と控訴人間の賃貸借契約におけると同一条件で本件建物部分の賃貸借契約を承継したものというべきであり、契約の改更等の手続上の問題が残ることはかくべつとして、爾後における控訴人の本件建物部分の占有を目して不法占有ないしは不当利得であるとすることは許されないものといわなければならない。

被控訴人は昭和四五年九月頃から再三にわたり控訴人に対し同年八月一四日限り訴外会社間の契約が解除によって消滅した旨を通知するとともに、本件建物から退去するよう求めたと主張するが、右被控訴人の主張によっては未だ被控訴人と控訴人間の前示賃貸借契約が適法に解除されたとすることのできないことはもちろんである。

もっとも、控訴人が昭和四五年一〇月以降昭和四六年五月二五日本件建物の明渡をするまでの間の賃料を支払っていないことは当事者間に争いのない事実であるから、被控訴人の本訴請求中には右賃料の支払を求める趣旨をも包含するものと解するにしても、控訴人はその有する敷金返還請求権と未払賃料とを対当額において相殺する旨の主張をしているので念の為この点についての判断を加える。

控訴人が訴外会社に対し本件建物部分の賃貸借契約につき敷金として四〇万円を支払ったことは前示のとおりであり、≪証拠省略≫によれば、右敷金は契約終了時に償却費として賃料二ヶ月分を控除した残余の返還を受ける約であったことが認められるから、控訴人は本件建物の明渡した時点において三二万〇四〇〇円の返還請求権を有したことが明らかである。

ところで、右敷金は控訴人と訴外会社との賃貸借契約に基き授受されたものであるが、訴外会社は被控訴人の委任によりその事務の執行として右賃貸借契約を締結したものであることは前示のとおりであるから、右敷金は被控訴人に対する委任事務を処理するに当って受取った金銭に該当するものと解すべきである。したがって、委任事務の終了時においてこれを被控訴人に引渡すべき義務を有したものといわなければならない。しかも、被控訴人は訴外会社と控訴人間の本件建物部分の賃貸借契約を同一条件で引継いだものであることは前示のとおりであるから、他に特段の事由の認められない本件では被控訴人は訴外会社から右敷金を現実に受領したかどうかに拘らず控訴人に対する関係においては契約終了時においてこれを処理すべき義務をも負うに至ったものといわねばならない。そうすると控訴人の被控訴人に対する未払賃料額は三一万〇六九〇円であることが明らかであるから、右控訴人の債務は前示三二万〇四〇〇円の敷金返還債権とその対当額において相殺され消滅したものといわなければならない。

四、以上いずれの点よりするも被控訴人の本訴請求は失当として排斥を免れないものであり、これと異る判断のもとに右請求を認容した原判決は不当であって、本件控訴は理由があるから、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉山孝 裁判官 古川純一 岩佐善己)

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